uefa杯

uefa杯

The UEFA Cup

1955年創設、uefa創設当時に企画していた大会が前身である。

発端

1955年、後のFIFA副会長となるErnst ThommenがOttorino Barrasi,Sir Stanley Rousと共に定期的に産業見本市を開催する都市の選抜チーム同士が対戦する大会「Inter Cities Fairs Cup」を創設した。

この大会に参加した都市は

Barcelona, Basle, Birmingham, Copenhagen, Frankfurt, Lausanne, Leipzig, London, Milan, Zagreb

歴史

ところが、この大会は都市選抜チームで行われ、且つ1回の開催に3年かかるという長期間であまり良い影響を残すことが出来なかった。この大会に着目して大会を引っ張るのは、スペインのFCバルセロナである。

第2回大会からクラブチームによる大会とするが、参加資格には産業見本市開催都市であることが義務づけられた。大会に出場したチームが16チームであるのに、この大会も2年の歳月を要し、優勝したのはバルセロナである。バルサはチャンピオンズカップではレアル・マドリードに敗れたがこの大会では面子を保ったわけである。

1960年、第3回大会より1季で行われる大会となったが、チャンピオンズカップも出場するバルサは準々決勝でハイバーニアンに敗退、優勝はASローマだった。

結局、大会としてはチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)に大きく水を差されたままの状態が続いた後、1971年、大会名称がUEFA Cupとなり運営主体がuefaとなった。これにより出場資格に産業見本市開催都市という規定がなくなった。

そして大会が各国リーグ優勝クラブによって行われるチャンピオンズカップ、各国カップ優勝クラブによって行われるカップ・ウィナーズカップのチームに準ずるチームが出場することとなり、70年代から欧州の各国が鎬を削る戦いとなる。特に中心となったのはイングランドとドイツである。

1984,1985年とバスクのチームに優勝を奪われたレアル・マドリードが連覇を果たした。その後、この大会を席巻するのがイタリアのチームである。1989年から1999年まで決勝にイタリアのクラブが登場しなかったのは95-96シーズンに、ジネディーヌ・ジダン擁するジロンダン・ボルドーACミランを破った大会以外にない。このシーズン、優勝したバイエルン・ミュンヘンが決勝を前にオットー・レーハーゲルをクビにして、フランツ・ベッケンバウアーが優勝監督になった大会である。

現行方式

1999-2000シーズンより、カップ・ウィナーズカップと統合。各国のカップ戦優勝クラブが出場できることとなる。加えてチャンピオンズリーグ予備選敗退クラブ、グループリーグ3位チーム、インタートトカップ優勝クラブ、フェアプレー枠、リーグカップ覇者が出場する大がかりな大会へと変貌した。このシーズン優勝したのはトルコのガラタサライ。チャンピオンズリーググループリーグから回って来て、ベテランのクラウディオ・タファレルの好守によりトルコに初のタイトルをもたらした。

2000-2001シーズンの決勝は、延長戦の末にリバプールがデポルティーボ・アラベスを5-4というスコアで振り切り、クラブに18年ぶりの国際タイトルをもたらした。

2001-2002シーズン、本拠地、デ・カイプでの決勝となったフェイエノールトは、持ち前のツートップが機能し、ブンデスリーガ王者となったボルシア・ドルトムントを相手に勝利し28年ぶりという久々の栄誉を手にした。

2002-2003シーズン、ジョゼ・モウリーニョ率いるFCポルトが、セビリアのサンチェス・ビスファンにて、スコットランドのセルティックを下して優勝を果たし、新大会規定となって初めて1回戦から登場したクラブが優勝することになった。

2003-2004シーズン、当初から優勝候補とされていたバレンシアCFが順当に勝ち進み、決勝ではパブロ・アイマールをファビアン・バルテズが倒して得たPKで先制し、そのまま点を許すことなく優勝。出場チーム数が大変多い中での順当な優勝は稀少である。

2004-2005シーズン、このシーズンよりグループリーグ制が採用された。リーグでは降格争いを続けていたパルマが勝ち進んだが、モスクワにおける準決勝2ndレグでGKが発煙筒の爆発によって失神し、試合前に交代せざるを得ないというアクシデントが発生。結局2ndレグを制したCSKAモスクワが決勝に進出。他方の準決勝はこれまた小さなスタジアムながら快進撃を続けたAZアルクマールとポルトガルのスポルティングで、2ndレグ、90分終了後、同一スコアとなり延長戦に突入、キュー・ヤリエンスのゴールでAZがリードしたが、ロスタイムにミゲル・ガルシアのゴールが決まりアウェーゴールルールにより、スポルティングが進出という大きなドラマが生まれた。そして、決勝、ホーム、ジョゼ・アルバラーデで迎えたスポルティングはリエジソンのゴールで先制、しかし、後半になるとCSKAモスクワがダニエル・カルバーリョを中心とした攻撃が機能し、3点を奪取し、逆転優勝。ロシア勢初の欧州タイトルを敵地で得る快挙を成し得た。

規定

2006年より、インタートトカップからの出場クラブが3から11に増え、2回戦からインタートトからのクラブが出場と言うことになる。

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