FCバルセロナ

FCバルセロナ

Futbol Club Barcelona

スペイン、リーガエスパニョーラ所属のサッカークラブチーム。本拠地はバルセロナ(カタルーニャ州)。フットボールクラブのはずがサッカー以外にバスケットボール、ハンドボール、ローラーホッケーのチームを有している。

1899年創設。スイス人Hans Gamperにより作られた。


チームカラー:青と臙脂(blaugranaとはこれを言う) テレビでは臙脂というより赤だ。

ホームスタジアム:カンプ・ノウ(Camp Nou) 正式名称はEstadi del Futbol Club Barcelona 収容人数 98,600

カンプ・ノウとはカタラン語で「新競技場」を意味し以前使われた「Les Corts」に比較した名称である。

ちなみにバルサBのグラウンドはミニエスタディMini。アンドラが公式戦にここを使ったこともある。バスケやハンドの球技場はカンプノウ隣接のパラウPalau。

愛称は場所にちなんでBarça。昔、試合中人が溢れかえり壁に座って見ていたことからCulés(尻の意)。


会長(President):ジョアン・ラポルタ Joan Laporta i Estruch 

副会長=統括(First Vicepresident 〔Institutional Relations〕):アルベルト・ビチェンス Albert Vicens

副会長=財務(Vicepresident 〔Operations and Finance〕):フェルラン・ソリアーノ Ferran Soriano

副会長=広報(Vicepresident 〔Marketing and Media〕):マーク・インゲラ Marc Ingla

副会長=社会(Vicepresident 〔Social Area〕):アルフォンス・ゴダール Alfons Godall

ちなみに副会長スポーツ部の席はSandro Rosell辞任により空席である。

社会部(Social Area):クラウディオ・ビベス・フィエロ Clàudia Vives-Fierro

会長室担当(Secretary to the Board):ハビエル・カンブラ Xavier Cambra

スポーツ部(Sports Area):ヨセップ・クベルス Josep Cubells

財務部(Finance and Maintenance):アルフォンソ・カストロ Alfonso Castro

財務部(Finance and Maintenance):ホアン・フランクェサ Joan Franquesa

財務部(Finance):ハウメ・フェレール Jaume Ferrer

社会部(Social Area and Supporters' clubs):トニ・ロビラ Toni Rovira

社会部(Social Area):ホアン・ボワ Joan Boix

警備部(Security Area):アレハンドロ・エチェベリア Alejandro Echevarria


タイトル

リーガ優勝回数:17回

(1929,1945,1948,1949,1952,1953,1959,1960,1974,1985,1991,1992,1993,1994,1998,1999,2005)

カップ優勝回数:24回

(1910,1912,1913,1920,1922,1925,1926,1928,1942,1951,1952,1953,1957,1963,1968,1971,1978,1981,1983,1988,,1990,1997,1998)

チャンピオンズリーグ:1回(1992)

カップウィナーズカップ : 4回(1979,1982,1989,1997)

UEFA杯(インターシティ・フェアーズ杯を含む):3回(1958,1960,1966)


ライバル

カストロ独裁政権時、カタロニア地方は言語統制が為された。その中でカタラン語を話すことが出来たのがスタジアムである。カストロのお抱え状態だったレアル・マドリードとの対戦、「エル・クラシコ/El Clásico」は都市間争いを超えた代理戦争として大きく盛り上がる。この1勝は普通の1勝とは違う。

また同じバルセロナを本拠地とするRCDエスパニョールは体制派をとったクラブであり、カタロニアダービーを繰り広げる。


概略

ルイス・ファン・ハールを起用して創立100周年をリーガ制覇を飾った翌99-00シーズン、生え抜き選手を起用せず、カタルーニャの誇りを踏み躙った存在として嫌われ、辞任。会長のジョセップ・ルイス・ヌニェスも会長の座を追われた。

翌00-01シーズンから会長に就任したのはホアン・ガスパール。しかし、彼の在任期間中のバルサは混乱を極め、ルイス・フィーゴは引き抜かれるわ、シーズン中にチームの顔で生え抜き選手だったジョセップ・グアルディオラの退団が発表される始末。監督もシーズン途中にセラ・フェレールからカルロス・レシャックに交代した。このシーズン、唯一の救いはリーガ最終節、バレンシアCF戦で見せたリバウドのバイシクルを含むハットトリックによりバレンシアを抑えチャンピオンズリーグ圏内の4位に入ったことだった。

01-02シーズン、アルゼンチンからワールドユース得点王の活躍を見せたハビエル・サビオラが加入。レシャックはリバウド、パトリック・クライファートによるトリデンテによる攻撃を見せたが、全体的に戦術に一貫性を見られない姿勢に疑問も多く、優勝争いに加われないまま、リーグ4位でシーズンを終え、チャンピオンズリーグ準決勝では宿敵レアル・マドリードに敗れた。

02-03シーズン、ガスパールはファン・ハールを復帰させた。涙の入団会見をした彼だが、それによりリバウドはチームを去りACミランへと去った。そんな中でチームはファン・ハールの3バックとも4バックともつかない戦術により選手間の関係もうまくいかず、開幕から低迷。ファン・ハールは年が明けると解任され、ラドミール・アンティッチが監督に就任。4-4-2のオーソドックスな采配に期待が持たれたが、カウンター主体でまさしく暗黒状態のまま6位でシーズンを終えた。出場権からすると優勝しか望めなかったチャンピオンズリーグでは準々決勝ユヴェントス戦で喫した敗戦が初の敗北だったがそれにより舞台から去った。

03-04シーズン、会長選挙によりジョアン・ラポルタが就任。マンチェスター・ユナイテッドとの争奪戦に勝利し、パリ・サンジェルマンから2500万ユーロでロナウジーニョを獲得。監督にフランク・ライカールトを据えたが、クライファートが全く得点を決められず、前半戦から不調。しかし、冬の移籍市場でユヴェントスからエドガー・ダーヴィッツを獲得。中盤の底を駆け回り相手からボールを奪う彼の活躍により後半戦を1敗の成績で2位で終えることとなった。欧州の舞台ではカップタイドによりダーヴィッツが出場できなかった影響もあり、uefa杯でセルティックに破れた。

04-05シーズン、ライカールトを留任させ、守備面ではブラジル代表エジミウソン、ベレッティらを獲得。加えて攻撃に関してはデコ、ルドビク・ジュリー、サミュエル・エトー、ヘンリク・ラーションなど充実した補強を敢行。前シーズン後半戦のクリスマスツリーシステムを変化させた4-3-3のシステムにより開幕から好調。ロナウジーニョ一人に頼り切らない有機的な攻撃が作用しリーガ制覇を果たした。しかし、負傷者が続出したチームはチャンピオンズリーグとの大事なチェルシー戦でラファエル・マルケスを負傷で欠き、ロナウジーニョの天才的ゴールもあったが逆転負けを喫した。

05-06シーズン、充実した面子により厚みを増した補強を敢行。一応のリーガの本命はどうなるやら。

個人評

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