ヴェルダー・ブレーメン

ヴェルダー・ブレーメン

Sport-Verein Werder von 1899 e. V. 名前の通り、Fußball以外にも Handball, Leichtathletik,Tischtennis, Gymnastik, Turnspiele,Schachの部門を持っているが以下はサッカーについて記述。

ドイツ、ブンデスリーガ所属のサッカークラブチーム。本拠地は自由ハンザ都市ブレーメン。自治州である。地理的にはニーダー・ザクセン州に囲まれている。

1899年創設。


チームカラー:緑と白(一目で分かるように配色したオレンジ色には賛否両論があったが、06-07シーズンのユニフォームはカッパのマークとコーチの名入れがオレンジである以外は緑と白。)

クラブ会員:20,363

ホームスタジアム:ヴェーザーシュタディオン Bremer Weserstadion 収容人数 43,087

メインスポンサー:kik

ユニフォームサプライヤー:kappa

監査役会会長(Vorsitzender des Aufsichtsrates):ヴィリ・レムケ Willi Lemke

e.v会長(Präsident)、取締役兼サッカー部門トレーニングセクション部門担当(Geschäftsführer Leistungszentrum Fußball und andere Sportarten):クラウス・ディーター・フィッシャー Klaus-Dieter Fischer

e.v副会長(Vize-Präsident)、監査役会会長代行(Stellvertretender Aufsichtsratsvorsitzender):フベルトゥス・ヘス=グリューネヴァルト Dr. Hubertus Hess-Grunewald

会長(Geschäftsführung):ユルゲン・ボーン Jürgen Ludger Born

取締役兼サッカー部門支配人(Geschäftsführer Profifußball):クラウス・アロフス Klaus Allofs

取締役兼マーケットおよび経営部門(Geschäftsführer Marketing und Management):マンフレッド・ミュラー Manfred Müller

監督(Cheftrainer):トーマス・シャーフ Thomas Schaaf

アシスタントコーチ(Co-Trainer):ヴォルフガング・ロルフ Wolfgang Rolff

               :カール・ハインツ・カンプ Karl-Heinz Kamp

GKコーチ(Torwart-Trainer):ディーター・ブルデンスキ Dieter Burdenski

獲得タイトル

リーグ優勝:4回(1965,1988,1993,2004)

カップ優勝:5回(1961,1991,1994,1999,2004)

カップウィナーズカップ優勝:1回(1992)

ライバル

近隣の都市に大きなサッカークラブはないが、ハンブルガーSVとはノルトダービーとは呼ばれる。一応、ハンザ自治州のハンザ・ロストックおよびハンブルガーとの試合はハンザ・ダービーとも言われるが、距離が遠すぎてダービー的雰囲気はない。

概略

10年以上に渡って監督として君臨したキング・オットー、オットー・レーハーゲルがバイエルン・ミュンヘンに引き抜かれてしまって以降、チームは下位を彷徨うチーム成り代わった。唯一の救いは1999年のドイツカップ優勝だけだった。しかし、このシーズンの順位は13位。フェリックス・マガト監督の後任に、トーマス・シャーフ氏が監督に、テクニカル・ディレクターにクラウス・アロフス氏が迎えられた。

シャーフの初年度は9位、00-01シーズンがアイウトン、クラウディオ・ピサーロの2トップは健闘したもののの7位と良いものではなかった。01-02シーズン、アイウトンを中心にトルステン・フリンクス、クリスティアン・リステシュら2列目が攻撃に参加する攻撃によって前半戦を3位で折り返したが冬場を乗り切れずに、6位に終わった。02-03シーズンにヨアン・ミクーを獲得、前線にアイウトンとカリステアスの2トップを組ませ、攻撃的なユニットを組んだが失点も多く6位に終わる。

03-04シーズンになって、イヴァン・クラスニッチが台頭。アイウトンとの2トップにトップ下にヨアン・ミクー。センターバックにムラデン・クルスタジッチと新加入のバレリアン・イスマエル。ボランチのバウマンと中に線がしっかり通り、サイドバックも攻撃的な選手を揃えた攻撃的戦術が見事に機能。第10節から第32節まで無敗。リーグは第16節から独走で優勝。DFBカップも制して2冠を達成した。

04-05シーズン、アイウトン、クルスタジッチがシャルケへ抜けてしまった中で、バウマンも故障してしまったがセンターバックには若手のファーレンホルストが台頭、FWも新戦力のミロスラフ・クローゼもそれなりに活躍、リーグと併行して戦ったCLは、スペイン王者バレンシアCFに2連勝したが、決勝トーナメント1回戦で、ホームでの第1戦に試合を支配しておきながら、3失点を喰らい、アウェーでの第2戦では7失点、合計失点でCLを新記録を演ずる失態をしてしまった。しかしリーグは開幕ダッシュに成功することはできず、首位争いを演じることはできなかった。しかし、最終的にはCL出場権を獲得することには成功した。それだけが唯一の救いであろう。

05-06シーズン、守備の要イスマエルをフリンクスとバイエルン・ミュンヘン相手に交換トレードすることになってしまった。またチームのキャプテンを務めたファビアン・エルンストも放出。しかし、新戦力とした加入したナウドが穴を埋め、KKコンビも好調で開幕から素晴らしいスタートを切る、しかし第12節、バイエルン・ミュンヘンとの直接対決に敗れ、バイエルンの独走を許し、チャンピオンズのショックを引きずっての第25節、26節の連敗で3位の位置に下がるが、最終節、AOLアレーナにおけるハンブルガーSVとの直接対決に勝利し、2位、チャンピオンズリーグストレートインの権利を手にした。

併行したチャンピオンズリーグの戦いではバルサ相手にも攻撃的な姿勢を崩さず、負けはしたモノの素晴らしい内容を見せ、決勝トーナメント進出の残り一枚の枠の相手となるウディネーゼとは直接対決で上回っての最終節で、ウディネーゼの敗戦により、2位で進出。パナシナイコスには5-0の圧勝だった。トーナメント1回戦のユヴェントス戦では前評判で不利と言われながら、攻撃的姿勢を続けて1stレグは逆転勝利、デッレ・アルピにおける2ndレグも後半終了間際までティム・ヴィーゼが会心の働きだったものの、まさかの落球により失点。残念ながら敗退ということになってしまった。

ユヴェントス戦でのショックでリーグ2連敗を喫し、ブンデスリーガ3位のまま終盤を迎えデュイスブルク相手に5点、ケルン相手に6点を取って、ついに2位ハンブルクとの勝ち点差1となって迎えた最終節、AOLアレーナでの試合でイヴァン・クラスニッチの素晴らしい先制点、一時が追いつかれるも後半27分にミロスラフ・クローゼの素晴らしい左足のシュートが決まって勝ち越し、逆転でチャンピオンズリーグストレートインの権利を得た。

2006-07シーズン、新戦力にヂエゴ、アウメイダ、ウォメ、フリッツ、そしてドイツ代表としてW杯で活躍したペア・メルテザッカーが加入。チャンピオンズリーグはチェルシーとバルセロナと同組、果たして勝ち抜けはなるのか、目が離せない状況である。

個人評

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