ロベルト・マンチーニ

ロベルト・マンチーニ

Roberto Mancini イタリア人サッカープレイヤー、サッカー監督

1964年11月27日 エシ生まれ 179cm・76kg

概略

選手時代

ボローニャのユースで育ち81-82シーズンに16歳でセリエAデビューし、30試合に出場、9得点を記録する。翌82-83シーズンからサンプドリアに所属し、以後15年間所属する。サンプドリアの獲得したした全タイトル(90-91シーズンのスクデット、4度のコッパ・イタリア制覇、89-90のカップウィナーズカップ制覇、94-95イタリアスーパーカップ制覇)、サンプドリアのチャンピオンズリーグ決勝進出はマンチーニ所属時のものである。キャプテンとして大声で味方選手に指示し、自ら得点を決めたり、味方に創造性豊かなパスを供給する選手として活躍する姿、(特にジャンルカ・ヴィアリとのコンビが有名)が印象的な選手で、ジェノバの英雄、「ミスターサンプ」と呼称とまでされる選手であった。

97-98シーズンからラツィオに所属、年齢的な衰えを見える部分もあったものの、円熟味、芸術性は高まった感があり、99-00シーズンには、ラツィオはスクデット獲得した。スクデット獲得後現役を引退した。

97-98シーズンから監督をしていたスヴェン・ゴラン・エリクソン監督(現イングランド代表監督)のアシスタントとして務める。しかし2001年1月にエリクソン監督が解任されると、プレミアシップ、レスターシティで現役復活を果たす。その後、約1ヶ月でまた現役を引退。

監督時代

2001年3月8日、辞任したファティヒ・テリムの後を継ぎフィオレンティーナ監督に就任する。しかしフィオレンティーナでは17位と降格の憂目に遭う。

02-03シーズンからラツィオの監督として復帰する。初年度にはCL出場圏内の4位に導き、翌シーズン、ベンフィカ・リスボンを予備選で破りCL本戦に出場。CLでは残念ながらスパルタ・プラハのマレク・キンツェルのロスタイム、ヘディングゴールでGL敗退をしてしまう。加えて財政面の困難に直面し、主力のデヤン・スタンコビッチが冬の移籍市場で抜けてしまう中、チームを大崩れさせることはなく、セリエAではインテル、パルマと4位争いを演じ、惜しくも6位という順位に終わる。

04-05シーズン前に、予てから噂されていたインテル・ミラノの監督として引き抜かれた。超銀河系のインテルでは公式戦40試合連続無敗記録という偉業をやってのけるが、引き分けが多く、ユヴェントスACミランに大きく引き離された3位。ミランにはセリエA、チャンピオンズリーグで勝てないというモノだった。しかし、インテルにとって16年ぶりとなる国内タイトル、コッパイタリア制覇(コッパだけなら20年ぶり)のタイトルをもたらしたことだけは唯一認められる成果だろう。

采配は、エリクソン監督の影響を強く受けたような、オーソドックスな4-4-2が主流。エリクソンと同じように試合中はスーツを着て、大声で選手達を叱咤している。

個人評

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