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Società Sportiva Lazio s.p.a
イタリア、セリエAに所属するサッカークラブチーム。本拠地はローマ。
1900年創設 前身はイタリア人将校ルイジ・ビビアレッリが創立した「ソシエタ・ポデスティカ・ラツィオ(ラツィオ競歩協会)
チームカラー:白と空色
ホームスタジアム:スタディオ・オリンピコ Stadio Olimpico 収容人数82,922人
ASローマと共用。
愛称はユニフォームの色からBianco Celeste(複数形はBianco Celesti)、またはAquilotti
ライバルは同じローマを本拠地とするASローマ。ローマダービーは警察沙汰を起こすくらいに盛り上がる。
会長:クラウディオ・ロティート Claudio Lotito
テクニカルスポンサー: Puma
ユニフォームサプライヤー: Puma
監督:デリオ・ロッシ Delio Rossi
1992年にチリオ・グループなどを所有するセルジョ・クラニョッティ会長が就任。いきなり1992-1993シーズンに2位になって以降も上位に定着するクラブとなる。大きな転機となったのは1998年5月6日ミラノ証券取引所への上場。マルセロ・サラス、クリスティアン・ヴィエリ、セルジオ・コンセイソン、デヤン・スタンコビッチ、フェルナンド・コウト、シニシャ・ミハイロビッチといった大物を獲得。スクデットこそ取り逃したものの、カップウィナーズカップを制覇。翌シーズン、900億リラでヴィエリを売却し、ディエゴ・シメオネ、ファン・セバスチャン・ベロンを獲得してスヴェン・ゴラン・エリクソン監督悲願のスクデットを獲得。
その後は財政難に陥り、ベロン、アレッサンドロ・ネスタ、エルナン・クレスポ、パヴェル・ネドヴェドなど放出。クラニョッティも辞任する迷走が始まる。選手への給料も払われない状況も続き、ユースの選手15人をローマに強奪されるという命運にも合う。
そんな、2004年夏、チームを愛するが故に、救世主となるべく帰ってきた男がいる。パオロ・ディ・カーニオ。年俸わずか25万ユーロという条件を受け入れ、彼が15年ぶりラツィオに復帰、今後は体にあった経営と成績が望まれる。
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