マンチェスター・ユナイテッド

マンチェスター・ユナイテッド

Manchester United Football Club 略称はMan-U

イングランド、プレミアリーグに所属するサッカークラブチーム。本拠地はマンチェスター。

1878年、Newton Heath LYR F.C.として創設。1902年に改称した。


チームカラー:赤

ホームスタジアム:オールド・トラフォード Old Trafford  (収容人数 68,000人)

メインスポンサー:vodafone

ユニフォームサプライヤー:Nike

会長(Chairman):デヴィッド・ギル David Gill 

2005年5月16日、タンパベイ・バッカニアーズオーナー、マルコム・グレーザー Malcolm Glazerが75%以上の株式を取得し、Joel Glazer, Avram Glazer, Bryan Glazerの三人がBoard memberに名を連ねている。

監督(Manager):アレックス・ファーガソン Sir Alex Ferguson

コーチ(Coach):カルロス・ケイロス Carlos Queiroz


獲得タイトル

プレミアシップ:8回(1993,1994,1996,1997,1999,2000,2001,2003)

イングランドフットボールリーグの優勝を入れると15回。

FA杯:11回(1909,1948,1963,1977,1983,1985,1990,1994,1996,1999,2004)

リーグカップ:1回(1993)

チャンピオンズリーグ : 2回(1968,1999)

カップウィナーズカップ : 1回(1991)

ライバル

同じ都市を本拠地とするマンチェスター・シティとはダービーを繰り広げる。それ以上に激しい対抗意識を繰り広げるのがマージーサイドの2チーム。特にリヴァプールFCとはユニフォームの色が同じこと、激しく優勝争いを繰り広げたことでサポーターは激しく相手をブーイングする。

またプレミアリーグとなってから優勝争いを繰り広げるアーセナルとは選手間の因縁や、監督同士の口撃合戦などが事欠かない戦いとなっている。

概略

1995年、カントナ不在でプレミアリーグを制覇できず、チャンピオンズリーグで世界との差を感じたアレックス・ファーガソンは世界のレベルに追いつかんとするが為にチームの戦力を大きく入れ替えた。それまで中盤のチームの顔、ポール・インスやアンドレイ・カンチェルスキスらは去り、1991年FAユースカップを制したメンバー、ポール・スコールズやデヴィッド・ベッカムら若手を起用する方針へと変更した。

しかし結果は実らずプレミアリーグ、FA杯を制したがuefaカップでは1回戦で敗れた。

翌96-97シーズンはプレミアリーグを連覇、チャンピオンズリーグでは準決勝まで進む躍進を遂げた。このシーズンを最後に、90年代前半からチームの顔だった"キング"、エリック・カントナが引退した。

97-98シーズン、ペーター・シュマイケル、ギャリー・バリスター、ロニー・ヨンゼンを中心とした堅い守備を見せたが、ロイ・キーンが膝の故障で戦線離脱してしまい、苦しい戦いが続き、アーセナルにダブルを許し、チャンピオンズリーグではASモナコに準々決勝で敗れ、無冠に終わった。

98-99シーズン、DFにヤープ・スタム、FWにドワイト・ヨークが加入。双子と言われたヨークとアンディー・コールの2トップが得点を量産。シーズン終盤の20試合を12勝8分の躍進でFA杯、プレミアシップを制し、チャンピオンズリーグ決勝ではバイエルン・ミュンヘン相手に後半ロスタイムまで1-0で負けていたところから、テディ・シェリンガム、オレ・グンナー・スールシャールの得点により逆転優勝。1968年、マット・バスビーによる優勝以来のビッグイヤー制覇を果たし、トレブルを達成した。

99-00シーズン、それまでチームの壁として君臨したシュマイケルが去り、45失点を喫するもそれを凌駕する攻撃陣の爆発により勝ち点91と圧倒的な差をつけたプレミアシップ制覇を果たす。チャンピオンズリーグではレアル・マドリードに準々決勝で敗れた。

00-01シーズン、懸案のGKにファビアン・バルテズを補強。ヨーク、コールに替わってスールシャール、シェリンガムの活躍する数が増えるようになったが円熟したメンバーによる試合はこびは変わらず連覇を果たした。チャンピオンズリーグではバイエルン・ミュンヘン相手に互角の戦いを演じたが、アウェーゴールの差によって敗退を喫した。

01-02シーズン、ローラン・ブラン、ファン・セバスチャン・ベロン、ルート・ファン・ニステルローイらを補強し、システムを変更したシーズン、12月には9位と低調のシーズンだったがファン・ニステルローイがゴールを量産し出すとチームが上向き3位でシーズンを終えた。チャンピオンズリーグでは準決勝、バイヤー・レヴァークーゼン相手にアウェーゴールの差で破れ決勝進出はならなかった。

02-03シーズン、前シーズンに失敗したシステムを再度試行。ポール・スコールズはセカンドトップとして非常に機能、守備にはリオ・ファーディナンドが加入し安定をもたらし、ファン・ニステルローイが得点王を獲得し、プレミアシップ制覇を果たした。オールド・トラフォードが決勝戦の地となったチャンピオンズリーグでは、レアル・マドリード相手に準々決勝で敗れてしまった。

03-04シーズン、ファギーとの不和をウワサされたチームの顔、ベッカムがレアル・マドリードへ移籍。そのポジションにポルトガルからクリスチアーノ・ロナウドを補強した。他にもブラジルクレーベルソンやエリック・ジェンバジェンバなどの中盤を補強した。しかしシーズンが始まると前線の駒不足に悩み、冬の移籍市場でルイ・サハを緊急補強するなどの状況、リオ・ファーディナンドの長期出場停止も重なり、3位でシーズンを終えた。加えてチャンピオンズリーグでは決勝トーナメント1回戦でポール・スコールズのゴールが無効とされFCポルトに勝ちを譲ってしまった。しかし、リーグ無敗を続けるアーセナルに対しFA杯の準決勝で土をつけ、三冠を阻止する意地を見せた。

04-05シーズン、ウェイン・ルーニー、アラン・スミスといった戦力を補強。しかし、開幕から逃げるチェルシーに追いつくことはできず3位に終わり、FA杯決勝でアーセナルにPK戦の末破れ、チャンピオンズリーグではACミランに2戦とも完敗の内容に終わり、無冠のシーズンとなり、ファギーの力の衰えや、GKを固定できなかったこと、戦術補強の方向性を見失っていることが指摘されるシーズンとなった。

05-06シーズン、マルコム・グレーザーの株式取得に対してファンは応援に行かないなどの抗議行動を起こし、リーグ開幕前からどうなるやら。まさか4-3-3のシステムを試行してしまうだなんて。

個人評

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