パリ・サンジェルマン

パリ・サンジェルマン

Paris Saint-Germain Football Club 略する場合はPSG

リーグアン所属、フランスの首都、パリに本拠地を置くクラブチーム

創設は1970年。 その後複雑な事情もあり、プロクラブとして成り立ったのは1973年、ディヴィジョン・アン在籍は1974年から。


チームカラー:赤と青(ユニフォームデザインはかつて会長でもあったダニエル・エシュテル)

ホームスタジアム:パルク・デ・プランス Parc des Princes 収容人数48,527人

メインスポンサー Thomson

ユニフォームサプライヤー Nike

会長:ピエール・ブラヨ Pierre Blayau

監督(Entraîneur):ローラン・フルニエ Laurent Fournier

アシスタントコーチ(Entraîneur adjoint):ドミニク・ルクレック Dominique Leclercq

GKコーチ(Entraîneur des gardiens):クリスティアン・マス Christian Mas

統括責任者(Responsable de la section professionnelle):ジャンーミシェル・ムーティエ Jean-Michel Moutier

歴史

1970年、20000万人のパリジャンの賛同者によってFCパリが設立。会長にギー・クレサン、副会長にピエール・エティエン・ギヨット、アンリ・パトレイユの形で始まる。スタジアム使用のため、サンジェルマン・アン・レイ市にスタッド・サンジェルマンと合併によって、パリ・サンジェルマンが誕生。

1971年にディヴィジョンア・アン昇格を果たすが、1972年、パリとサンジェルマンの確執によってプロ部門はCAモントレイユに加入、パリFCとなって1部に存続。PSGはアマチュア団体となりD3へ降格となった。

1973年にD2昇格、フランスカップでヴァランシエンヌを破るなどD2クラブとして準決勝まで進む躍進を見せ、D1昇格。アンリ・パトレイユ会長は昇格を見届けて勇退した。

以後、PSGはD1に在籍し続けている。

獲得タイトル

リーグ(Champion de France D1):2回(1986、1994)

カップ(Coupe de France):6回(1982、1983、1993、1995、1998、2004)

リーグカップ(Coupe de la Ligue) :1回(1995)

カップ・ウィナーズ・カップ(The Cup Winners' Cup):1回(1996)

ライバル

伝統はあまりないが、大都市間の対決と言うことでオランピック・ドゥ・マルセイユとの対決はフランスダービーと呼ばれ大きく盛り上がる。そして荒れる。

概略

2003-2004シーズン、ヴァヒド・ハリルホジッチ監督の下、26失点と強固な4バックを形成し、左からファン・パブロ・ソリン、右からファブリス・フィオレズがサイドから仕掛けるシステマティックなサッカーを展開、2位となってチャンピオンズリーグ出場権を獲得したが、キャプテンのフレデリック・デウーは裏切るかのようにオランピック・マルセイユに移籍。ソリンは契約金で合わずビジャレアルに移籍。ガブリエル・ハインツェもマンチェスター・ユナイテッドに引き抜かれ、フィオレズは開幕直前に監督の確執でオランピック・マルセイユに移籍とガタガタのスタートを切り、低迷。頼みのペドロ・パウレタも低調、ハリルホジッチの連れてきたブランコ・ボスコビッチなどの選手も不発。チャンピオンズリーグは勝てば決勝トーナメント進出のホームでのCSKAモスクワ戦で、セルゲイ・セマクにハットトリックを決められ4位敗退。ハイルホジッチは2月に解任されたがシーズン9位で終了。

資金調達に関してはCanal+と折り合いが付かずフランシス・グレイユ会長が5月に解任された。

個人評

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