バイヤー・レヴァークーゼン

バイヤー・レヴァークーゼン

Turn und Spielverein 1904 der Farbenfabrik vormals Friedrich Bayer Co. Leverkusen

お名前の通り、Fußball以外にLeichtathletik,Basketball,HandballVolleyball部門がある。

ドイツ、ブンデスリーガ所属のサッカークラブチーム。本拠地はレヴァークーゼン。ノルトライン・ヴェストファーレン州。Bayerはドイツの化学会社バイエル社のことである。世界的にも珍しい企業の名前が入ったクラブチームである。

創設は1904年7月1日。 ブンデスリーガ1部には1979-80シーズンに昇格。


チームカラー:赤、黒、白

クラブ会員:11000(サッカーは850)

ホームスタジアム:バイアレーナ BayArena (収容人数 22,500)

強い割には観客が少ないが、音の反響が素晴らしい。同じノルトライン・ヴェストファーレンのクラブの中でもコーレンポットのクラブと違ってファンは家族で来ている人も多い。

メインスポンサー:RWE(Rheinisch-Westfälische Elektrizitätswerk)

ユニフォームサプライヤー:adidas

会長(Geschäftsführer):ヴォルフガング・ホルツハウザー Wolfgang Holzhäuser

統括部長(Leiterin Rechtsabteilung):クリスティン:ベルナルト Christine Bernard

経理人事担当(Abteilungsleiterin Finanzen und Personal):クラウディア・ベドブルディック Claudia Bedburdick

営業部長(Abteilungsleiter Services):ルッツ・ホフマン Lutz Hoffmann

総監督(Sportchef):ルディ・フェラー Rudi Völler

スポーツマネージャーおよび移籍担当(Sportmanager):ミハエル・レシュケ Michael Reschke

チームマネジャー(Teambetreuer):ペーター・レーンホフ Peter Lehnhoff

広報担当(Pressesprecher):ウリ・ドースト Uli Dost

監督(Cheftrainer):クラウス・アウゲンタウラー Klaus Augenthaler

アシスタントコーチ(Assistenztrainer):ペーター・ヘルマン Peter Hermann

GKコーチ(Torwarttrainer):リューディガー・フォルボーン Rüdiger Vollborn

獲得タイトル

カップ優勝:1回(1993)

uefa杯優勝:1回(1988)

ライバル

1.FCケルンとの試合はラインダービーと呼ばれる。しかしながらバイヤーの躍進に比べ古豪ケルンの凋落によってダービーマッチが行われないことも多くなった。

概略

96-97シーズン、クリストフ・ダウムを監督に招聘。新加入のニコ・コバチが中盤を活性化させ、イェンス・ノボトニーが3バックの中心として君臨、ウルフ・キルステンが22得点を決めるなどの活躍で一時は首位になるもバイエルン・ミュンヘンに突き放されて2位。翌97-98は開幕で躓きながら新加入の中盤、シュテファン・バインリッヒ、エメルソン・フェレイラが機能をし出すと、2シーズン連続得点王のキルステンの活躍もあって尻上がりに調子を上げて3位でシーズンを終える。併行して戦ったチャンピオンズリーグでもベスト8の成績を収めた。98-99シーズンはヴェアンスが抜けた穴をロベルト・コバチがしっかりと埋め、左サイドに新加入のゼ・ロベルトが機能したがチームは圧倒的な強さを誇るバイエルン・ミュンヘンの前に2位。ニコ・コバチがバイエルン・ミュンヘンに引き抜かれたが、ミヒャエル・バラックベルント・シュナイダーオリヴァー・ノイビルが加入した99-00シーズン、最後の最後までバイエルン・ミュンヘンを追いつめておきながら最終節ウンターハヒング戦でバラックがオウンゴールしてしまい、バイエルン・ミュンヘンと勝ち点が同率となり、得失点差でバイエルン・ミュンヘンに優勝を奪われた。

2000年8月、ダウムにコカイン不法所持の疑惑がかけられダウムはドイツを去り、新監督にルディ・フェラーが座ったが不調で、ベルティ・フォクツが途中で就任するも優勝争いとはほど遠い4位の成績に終わった。唯一の救いはこの4位はチャンピオンズリーグ出場圏内だった。

翌01-02シーズンはドイツ屈指の戦術家、クラウス・トップメラーを招聘。ボーフムから教え子のイルディレイ・バスチュルク、ハンブルガーSVからGKハンス・ヨルク・ブットを獲得。前シーズンに獲得したルッシオとノボトニーの堅いセンターバック、中盤はカルステン・ラメロウが守備の軸となった上に、バスチュルク、シュナイダー、バラック、ゼ・ロベルトを変則的が位置しながら動くことで相手を掻き回す、またルッシオが度々攻撃参加をする高い攻撃的なサッカーを演出。しかしリーグでは最終節にニュルンベルクに破れ優勝をボルシア・ドルトムントに奪われ、DFBカップ決勝はシャルケ04に破れ、チャンピオンズリーグでは準々決勝イングランドのリヴァプール相手にホームでの第2戦で4点を奪い大逆転の勝利、準決勝マンチェスター・ユナイテッド相手にアウェーゴール差で勝ち上がったものの、グラスゴー、ハンプデンパークにおける決勝ではジネディーヌ・ジダンのスーパーゴールで勝ち越され、後半に猛攻を仕掛けるものの、キルステンのシュートはイケル・カシージャスのスーパーセーブに阻まれ、後半途中から降り出した雨の中、「国内リーグ優勝をしていないチームは優勝できない」というジンクスによってだろうか、準優勝に終わってしまった。これを「Neverkusen」と揶揄された。

02シーズン前、ゼ・ロベルト、バラックはバイエルン・ミュンヘンに強奪され、ノボトニーが膝のケガで全く出場できない状況で、チームは全く機能せず、トップメラーは解任。リーグ15位という降格寸前の下位に終わってしまった。

03-04シーズン、新監督にニュルンベルクを降格させてしまったクラウス・アウゲンタウラーを起用という驚きを与えたが、アウゲンタウラー監督下、ディミタール・ベルバトフが16得点、フランサも14得点と爆発。レンタルから復帰したロブソン・ポンテも機能して、第5節から10試合無敗、第24節から無敗、最終節のVfBシュツットガルト戦を制して3位となった。

04-05シーズン、ルッシオがバイエルン・ミュンヘンに引き抜かれたが、ロッキ・ジュニオールが加入。代名詞となっているサイドアタックを先鋭化するべく、ポール・フライヤー、ヤツェク・クルジノベクが加入。しかし、開幕からバイエルン・ミュンヘンに圧勝などホームでは強いがアウェーでの成績が悪く、中位を彷徨う。第28節から無敗の成績でシーズンをuefa杯圏内の6位でシーズンを終えた。チャンピオンズリーグでは第1節、レアル・マドリード相手に3-0と完勝をするなどグループ1位で通過したが、ウィンターブレイク明けにケガ人が続出し、決勝トーナメントでリヴァプールFC相手に良いところなく負けてしまった。

個人評

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