ダヴォル・シュケル

ダヴォル・シュケル

Davor Šuker 英語読みでダヴォール・スーケル、シュケル、スーケルの呼び方は放送局、雑誌によってまちまち。ダヴォル、ダヴォール、ダボルもまちまち。

クロアチア代表および旧ユーゴスラヴィア代表のサッカー選手 1968年1月1日 オシエク生まれ 183cm・83kg

ポジションはフォワード


概略

1987年ワールドユース、チリ大会で6得点を獲得、優勝したメンバーの一人。地元のNKオシエクからキャリアを始め1988-89シーズンに21得点を獲得し得点王を獲得している。1989年にディナモ・ザグレブに移籍し、1991年よりスペインのセビージャに移籍。5シーズン通算153試合76得点している。

1996年には、ユーゴスラヴィアから独立したクロアチア代表として欧州選手権に出場、前回王者デンマーク戦でGKペーター・シュマイケルの頭を優雅に通り過ぎる美しいループシュート(倒れ込んで軌道を見送るシュマイケルが印象的である)を決めるなど、3得点の活躍で、ベスト8の好成績を残した。

1996年夏にスペインの名門レアル・マドリードに移籍、96-97シーズンには24得点の活躍を示し、リーグ優勝に貢献。97-98シーズンにチャンピオンズリーグ優勝を経験するが、ラウル・ゴンザレス、プレドラグ・ミヤトビッチ、フェルナンド・モリエンテスらとのポジション争いに敗れるように、この時期からサブに甘んじることが多くなる。

そんな彼の評価がまた一変するのが1998年フランスW杯である。

ロベルト・プロシメツキ、ズボニミール・ボバン、ロベルト・ヤルニなどとともに活躍、日本戦、ドイツ戦、オランダとの3位決定戦など7試合にフル出場、アルゼンチン戦を除く毎試合6得点で得点王に輝く活躍、クロアチアを3位に導いた。

1998年秋にトヨタカップで来日したが、試合出場はほんの数分だった。1999年にイングランド、アーセナルに移籍、以降、ウエスト・ハム、2001年からドイツの1860ミュンヘンにてプレー。

2002年、W杯に再び姿を現したが初戦のメキシコ戦では精彩を欠き、敗れた責任を被るように残りのイタリア戦、ベネズエラ戦に出場することはなかった。

2003年に現役を引退した。

個人評

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