スティーブン・ジェラード

スティーブン・ジェラード

Steven George Gerrard スティーブン・ジョージ・ジェラード(やっぱり日本人にはvもbも一緒だろうかと思った次第)

イングランド人 サッカープレイヤー。

1980年5月30日 ウィストン生まれ 育ちはハイトン。

所属クラブ

1998- リヴァプールFC

概略

9歳でリヴァプールのスカウトの目にとまり、カトリックの学校に進学しようとしていたが、リヴァプール・ボーイズで育てられることになる。

18歳でユースを卒業をし、1998年の8月にプロ契約を果たした。背番号は28。監督がジェラール・ウリエに交代した過渡期の11月29日のブラックバーン戦でプレミアデビューを果たした。

99-00シーズン、ウリエ体制が固まった中で、ポール・インスが冬にいなくなったこともあり、セントラルハーフとしてのポジションを得て29試合に出場。1ゴールだったが中盤やディフェンスの選手として活躍をした。

翌00-01シーズンに背番号を17に変更。それまでリヴァプールの象徴的存在だったジェイミー・レドナップが離脱したポジションを埋めるには余りある活躍で、リーグ優勝こそ逃したがこのシーズンはカップ戦三冠を果たしてPFAによる最優秀若手選手賞を受賞している。

01-02シーズンはオーウェンとのコンビでチームはプレミアリーグでは最高位の2位を獲得することになるが2月に足を負傷。以後のシーズン終盤戦を欠場することになった。

02-03シーズン、新戦力も加わり、期待されたシーズンだったが見事に空回りして、チャンピオンズリーグでは1次リーグで3位に終わり、リーグカップは制したものの、プレミアリーグでは最終戦に敗れたために5位に終わるという非常に苦いシーズンを送ってしまった。

03-04シーズン、タイトルを期待されたもののuefa杯ではあっさりとベスト16でオランピック・マルセイユに破れ、リーグでも中位をふらふら彷徨うシーズンとなったが、終盤に連勝を重ねて、最終節ニューカッスル戦を引き分けることでどうにか4位、チャンピオンズリーグ圏内を得ることとなった。

04-05シーズン、背番号を8と変更した。加えてキャプテンマークをサミ・ヒーピアから譲り受けた。チームは新監督にラファエル・ベニテスを迎え、戦力が大きく入れ替わった中でセントラルハーフとしての位置もしくはもう一つ上がり目の攻撃的ポジションでワントップを支える役目を請け負うこととなったが、ケガも多いシーズンとなった。

加えて財政難によりチェルシーへ移籍するのではないかとウワサされる中、「uefa杯の選考会になど立っていたくない、レッズの選手としてCLを戦いたい」と言った願いが叶ったのか、チャンピオンズリーグ、グループリーグ最終節、オリンピアコス戦で素晴らしい起死回生の逆転ゴールを決めてグループリーグ突破を決めた。

ウィンターブレイクが明けるとカーリングカップ決勝戦で、チェルシー相手に決勝点となるオウンゴールを献上してしまう。加えてプレミアリーグではどうしても勝ちきれないという苦しい状況ながらチャンピオンズリーグは着々と勝ち上がりチェルシーとの準決勝では決勝点につながる見事なロブのパスを決めた。

ところがプレミアシップ、第37節、勝たなければ来季のCL出場権が絶たれるアーセナル戦で自身は見事なゴールを決めるものの敗戦、結局プレミアシップは5位で終了。

その3日後にチャンピオンズリーグ決勝戦が行われた。ACミランに前半で3点を取られる苦しい展開で迎えた後半に反撃の口火となる見事なヘディングシュートを決めて、チームを鼓舞すると、2分後にはヴラディミール・シュミチェルのゴールが決まり、その4分後ペナルティーエリアを抜け出そうとするところを倒されてPKを得て、シャビ・アロンソのゴールで同点というドラマを演出。延長戦になるとセルジーニョを抑えるために右サイドバックとなってセルジーニョにチャンスを殆ど作らせず、自身は5人目だったのだろうかPKは蹴らなかったが、PK戦による逆転勝利の貢献者となった。

この功績を認められ、uefaの最優秀選手と認められた。

05-06シーズン前、CLの余韻が残っているような1ヶ月後、交渉がうまく行かず、ベニテスとの中が険悪となったため、移籍かと報じられることとなり、7月5日にはリック・パリーCEOも「クラブを去りたい、オファーを受けるつもり、契約を延長するつもりもない」と言われたことを激白、本人も「自分にはどうしようもない」とか言っていたが翌日になって掌を返したようにレッズと契約。週給10万ポンド、4年契約を結んだ。

uefaの寛大な措置により、CLの1回戦から進むこととなり、TNS戦、カウナス戦と得点を決めるなど早々から活躍している。今季は最終的にどうなるやら。


代表では2000年にケヴィン・キーガンの目にとまり、5月31日ウクライナ戦でデビュー。しかしながら、02年のW杯はケガにより欠場。皮肉なことに彼の代役で出場したニッキー・バットは素晴らしい活躍をしていた。04年、欧州選手権になって初めて公式の大舞台で活躍することとなった。初戦のフランス戦ではロスタイムにバックパスをティエリ・アンリに奪われて失点につながることをしてしまったが、第2戦のスイス戦ではゴールを決めるなどイングランドの中心選手としての地位を確立することとなった。

今後もデビッド・ベッカムフランク・ランパード、ジョー・コールと組む非常に有機的な中盤を組織して06年のW杯で活躍することが期待されている。代表では第3キャプテンということになっている。

個人評

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