オリヴァー・カーン

オリヴァー・カーン

Oliver Kahn ドイツ人サッカープレイヤー

1969/6/15 カールスルーエ生まれ 188cm 90kg

カールスルーエFCでDFとして活躍していた、ロルフ・カーンの次男として生まれ、6歳の頃からカールスルーエのユースでサッカーを始め、父の親友であったゼップ・マイヤーに憧れGKを始める。16歳でカールスルーエに入団し、苦労の末21歳の時に正GKの座を獲得。

1994年アメリカW杯において、ドイツ代表としての試合経験のないまま、ボド・イルクナー、アンドレアス・ケプケに次ぐ第3GKとして名を連ねた。

1994年に当時ドイツ人GKとして最高額の3億円で、ドイツの名門であり、ゼップ・マイヤーがGKコーチを務める、バイエルン・ミュンヘンに移籍。最初のシーズンの出場は23試合にとどまったが、翌シーズンから正GKとして君臨し、このシーズンにはUEFAカップ制覇を成し遂げている。

1996年、ドイツが優勝したEURO1996では、アンドレアス・ケプケに次ぐ第2GKとして試合に出場していない。また1998年フランスW杯においても第2GKで、1試合も出場していない。

98-99シーズンには、初めてのUEFAチャンピオンズリーグの舞台でカーンは、バルセロナ、カンプ・ノウに於ける対マンチェスター・ユナイテッドとの決勝において、ロスタイムにテディ・シェリンガム、オレ・グンナー・スールシャールにゴールを許し、世紀の大逆転劇を許してしまい、カンプ・ノウの悲劇(カンプ・ノウの奇跡と表裏一体)を体験する。

2000年、ついに主要国際大会、EURO2000において、ついに正GKとして出場することになるが、ルーマニアに引き分け、イングランド、ポルトガル(セルジオ・コンセイソンにハットトリックを許した)に敗れ、散々な代表デビューとなる。

00-01シーズンのチャンピオンズリーグでは準々決勝でマンチェスター・ユナイテッドを下し、決勝戦、ミラノのサン・シーロで行われた対バレンシア戦ではPK戦に縺れ込んだ末に、ザホビッチ、カルボーニ、ペジェグリーノのシュートをセーブ、見事6-5で勝利し、25年ぶりにバイエルンミュンヘンにビッグイヤーをもたらした。

2002年W杯では、本大会7試合全てに出場し、決勝まで安定したセービングを見せたものの、リバウドをシュートを弾いた時に指を骨折、ロナウドに2失点を喫し、決勝で敗退をしてしまう。

2002年のW杯決勝以後、目の手術をして以来、好不調のデキがでるようになってきた感があり、しかもプライヴェートでは不倫疑惑が起き、離婚問題が発生するなど、公私に置いて問題が見えだし、技術的にも若干の衰えが見え隠れするが、本人は2006年の自国開催W杯への出場を公言している。

* はてなダイアリーキーワード:オリヴァー・カーン