イケル・カシージャス

イケル・カシージャス

Iker Casillas Fernández スペイン人サッカープレイヤー

1981年5月20日 マドリード、モストレス出身 185cm 70kg

在籍クラブ

1999- レアル・マドリード

概略

9歳でレアル下部組織であるレアル・マドリード・ベンハミンに加入。ベンハミンから着実に昇格を果たし、アレビン、インファンティル、カデテ、フベニールとリーグ優勝を果たした。

16歳で、チャンピオンズリーグ第5節、トップチームのノルウェー遠征に招集され、レアル・マドリードCに昇格した翌シーズンからはレアル・マドリードの練習にも参加。ここで、ボド・イルクナーの素晴らしい動きを見て、学び才能を研鑽した。

1999-00シーズン、レアル・マドリードBに昇格し、アスレティック・ビルバオ戦にて背番号25を着け1部デビュー。イルクナーがケガで欠場することが多いシーズンとなり、主力として活躍。27試合に出場し、パリ、サンドニ、スタッド・ドゥ・フランスにおけるバレンシアCFとの決勝戦を制し、チャンピオンズリーグ優勝を果たした。

翌00-01シーズンもレギュラーとして定着。自身は37失点で、チームのリーグ最少失点の優勝に貢献した。

01-02シーズンからイルクナーから背番号1を受け継いだが、ミスを連発する場面が多く、シーズン終盤にはセサール・サンチェスにポジションを奪われたが、グラスゴー、ハンプデンパークでのチャンピオンズリーグ決勝戦、68分に負傷したセサールに替わって出場。バイヤー・レヴァークーゼン、ウルフ・キルシュテンのシュートを左足一本で防ぎ、感動的な勝利を導き、試合後にはセサールと抱き合う感動的な光景が見られた。

02-03シーズンはリーグ全試合のフル出場、42失点でリーガ優勝に貢献した。しかしこのシーズンあたりから大量失点で敗れる試合が見られるようになり、崩壊した守備陣と評される中、彼のスーパーセーブが見られなかったらもっと多くの失点をしていたのかもしれない。

03-04シーズン、37試合に出場。守備の要、フェルナンド・イエロがいなくなったこともあり、彼のハイボールに対する弱さを露呈することも多く、チームは54失点で4位と守備崩壊に至った。しかし、彼のファインセーブに救われる場面も多く、一人砦として活躍していた。

04-05シーズン、奮闘する彼の姿はこのシーズンも目立ち、37試合に出場30失点と活躍し、豪華な攻撃陣とは裏腹に彼の活躍によって勝利を得る試合も少なくなかった。

代表としては、U-17世界選手権で準優勝、最優秀選手を受賞。U-16欧州選手権では決勝でオーストリアをPKで下して優勝。1999年、ワールドユースに17歳で招集され2試合に出場。チームは優勝を果たした。A代表としては2000年6月3日、スウェーデン戦にてデビュー。2000年欧州選手権に招集され、2002年W杯では、正GKサンチャゴ・カニサレスが香水の瓶を落とし、右足親指の腱を断裂したことで、正GKとして出場。決勝トーナメント1回戦ではアイルランドとのPK戦において、2本シュートを止め勝利に貢献、チームをベスト8に導いた。

以降、カニサレスを完璧にサブへと押しやり、2004年欧州選手権にも出場。しかしながら総得点の差によってグループリーグで涙する結果となった。

個人評

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