アーセナル

アーセナル

Arsenal Football Club

イングランド、プレミアリーグ所属のサッカークラブチーム。本拠地はロンドン。北部イスリングトン地区。ハイバリー Highbury。

1896年創設。


チームカラー:赤(05-06シーズンのユニフォームの色は赤というより臙脂)

愛称はガナーズ(The Gunners) 創設時の兵器工場から愛称を取られている。そもそもarsenalとは兵器庫、造兵廠なる意味である。

ホームスタジアム:アーセナル・スタジアム(通例、ハイバリーと呼ばれる) 収容人数 38,500

1913年に移転して以降ずっと使われており、101×67と非常に狭いスタジアムである。

2005年でその役目を終え、2006年からはエミレーツ・スタジアムに移転することが決定している。

メインスポンサー:o2

ユニフォームサプライヤー:Nike

会長(Chairman):ピーター・ヒルウッド Peter Hill-Wood

副会長(Vice Chairman):デヴィッド・デイン David Dein

取締役(Directors):ロジャー・ギブス Sir Roger Gibbs

           リチャード・カー Richard Carr

           ダニエル・フィスツマンDaniel Fiszman

           ケン・フライアー Ken Friar OBE

マネージング・ディレクター(Managing Director):キース・エデルマン Keith Edelman

マネージャー(Manager):アーセン・ヴェンゲル Arsène Wenger

アシスタントマネージャー(Assistant Manager):パット・ライス Pat Rice

コーチ(First Team Coach):ボロ・プリモラック Boro Primorac

GKコーチ(Goalkeeping Coach):ゲリー・ペイトン Gerry Peyton

歴史

1896年、Woolwich Arsenal Armament Factory の労働者達によって創設され、Dial Squareという名称でスタートした。その後、Royal Arsenalという名前でfriendlies and local cup competitionsを戦っていた。1891年にプロチームとなり、Woolwich Arsenalと名称を改めた。1893年にイングランド・フットボールリーグに加入した。1913年、ハイバリーに場所を移し、翌年名称を現在のアーセナルFCとした。

獲得タイトル

プレミアシップ優勝:3回(1998,2002,2004)

 イングランド・フットボールリーグ優勝を合わせると13回

FAカップ:10回(1930,1936,1950,1971,1979,1993,1998,2002,2003,2005)

リーグカップ:2回(1987,1993)

インターシティ・フェアーズカップ:1回(1970)

カップ・ウィナーズカップ:1回(1994)

ライバル

同じロンドンの北部を本拠地とするトットナム・ホットスパー。ノース・ロンドンダービーと呼ばれる戦いを繰り広げる。伝統的にはアーセナルのファンはアイルランド、ギリシャ系が多く、トットナムのファンはユダヤ系が多い。

21世紀に入って以降、ロンドンの強豪となったチェルシーとの戦いをロンドン・ダービーと取り上げることが多くなった。元々ダービーマッチは1通りしか有り得ないのでトットナムを選ぶほうが正しいと思う。

加えて、プレミアリーグの覇権を争うマンチェスター・ユナイテッドとは毎回の試合ごとにヴェンゲルとアレックス・ファーガソンによる舌戦。選手達のヒートアップが激しい戦いを繰り広げている。

概略

96-97シーズン途中にアーセン・ヴェンゲルが監督に就任し、翌シーズンからヴェンゲルは本格的にチームを再建する。先ず改善したのは選手達が試合前に高カロリーの食物を摂取することやビールの飲む過ぎることなど食事療法などを入れることを進言した。戦術としてはフォーメーションをフラットな4バックに変え、ショートパスを多用するスペクタクルサッカーを展開することとなった。結果97-98シーズン、チームはプレミアシップ、FAカップのダブルを達成した。

翌98-99シーズンもフェイマスフォーと言われる4バックが機能。17失点と堅い守備を見せたがマンチェスター・ユナイテッドのトレブルを許す結果になってしまった。99-00シーズンも終盤にカップ戦を含む12連勝を飾るがマンチェスター・ユナイテッドの独走を前に2位。並行して戦ったuefa杯もデンマーク、コペンハーゲンにおける決勝戦ではPK戦の末敗れ、ガラタサライにトルコ初の欧州タイトルを譲る形となりヴェンゲル悲願の欧州タイトルはならなかった。

00-01シーズン、パトリック・ヴィエラは年間最優秀選手に選ばれる活躍を見せたがまたしてもマンUに追いつくことは敵わず、3シーズン連続の2位となり、FAカップにおいてもリヴァプールに決勝戦で敗れた。加えてチャンピオンズリーグでも準々決勝でバレンシアを前にアウェーゴール差で敗れる悔しいシーズンとなった。

01-02シーズン、トットナムからソル・キャンベルが加入。DFの高年齢化が問題とされていたチームを立て直し、チームが怪我人が続出する中で、ティエリ・アンリの得点王の活躍などによって4季ぶりのプレミアシップ制覇、FAカップも合わせてダブルを達成した。しかしながらチャンピオンズリーグではバイヤー・レヴァークーゼン相手に互角以上の結果を残しておきながら、2次リーグで星を取りこぼし敗退した。

02-03シーズン、開幕からシルヴァン・ウィルトールが6試合で6得点とスタートダッシュに成功したが、リーグ不敗記録がエヴァートン、ウェイン・ルーニーの当時プレミア最年少ゴールによって敗れ、30で途切れると徐々に調子が下降し、マンチェスター・ユナイテッドに逆転優勝を攫われた。チャンピオンズリーグでは二次リーグ最終節のバレンシア戦にヨン・カリューの2ゴールで敗れまたも欧州制覇の夢は破れた。

03-04シーズン、GKにボルシア・ドルトムントからドイツ代表、イェンス・レーマンを獲得。コロ・トゥーレをセンターバックにコンバートして守備を立て直し、攻撃ではアンリが30得点と得点王及びMVPに輝き、チームは26勝12分、イングランドリーグ115年ぶりの無敗優勝を飾った。しかし、FAカップではマンチェスター・ユナイテッドに準決勝で敗れ、チャンピオンズリーグでは初のロンドンを本拠地とするチーム同士の戦いとなったチェルシー戦でアンリの故障もあって、ハイバリーにチェルシーに破れベスト8で涙をのむ結果になった。

04-05シーズン、開幕から好調だったチェルシーを捉えきれず、加えてGKレーマンからマヌエル・アルムニアに変えるなどヴェンゲル自身、迷走する姿も見られ、リーグは2位。チャンピオンズリーグも決勝トーナメント1回戦でバイエルン・ミュンヘンに敗れ早々に姿を消した。リーグが終わった後に開催された、マンチェスター・ユナイテッドを相手にFAカップ決勝を戦い、レーマンのPK戦の素晴らしい活躍により優勝を飾り、面目を保つタイトルを得た。

05-06シーズン前、ヴェンゲル加入以後アーセナルの顔であり、トニー・アダムス以後キャプテンとして活躍したパトリック・ヴィエラがユヴェントスへ移籍。中心となる選手がいなくなった中でどうなるやら。コミュティーシールドではチェルシーディディエ・ドログバの2ゴールの前に破れた。

個人評

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