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2006-04-19-Wed3日目 このエントリーを含むブックマーク

正直、ルドビク・ジュリー選手が活躍したことには喜びたい

彼はASモナコのキャプテンとしてチームを2003-2004シーズンにUEFAチャンピオンズリーグ決勝にまで導いた選手なのだから。

ところが決勝でGKヴィトール・バイーアと接触して負傷退場。彼は前半の23分で交代。

チームは攻撃の起点を失い、フェルナンド・モリエンテスは度重なるオフサイドの判定に泣き負けた。

その負傷のために彼はEURO2004にも欠場した。右サイドがレ・ブルーにはいなかった。右をどうしようか迷った挙句、第1戦ではロベール・ピレスが右だったし、その次はジネディーヌ・ジダンを右にしたり、途中出場するのはシルヴァン・ヴィルトールだったり、苦労していた。

で、彼がフランス代表に戻ってきたのは、ケガも癒えて1年くらい経った頃だ。ジダン復帰したチームでジダンのスルーパスから抜け出したゴールは非常に良かった。

レ・ブルーではよくとも、バルサではリオネル・メッシーの陰に隠れ、加えてヘンリク・ラーションが右に入ることが多くなった中でめぐってきた出場の機会。

彼独特の抜け出し、シュート。素晴らしかったではないか。

ル・ブルーが台風の目になるきっかけとは思わないが、彼のような選手を私は好きなのだ。ただそれだけ、ミランが次は勝つよ。

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長いコメントはここに送れば読むと思うよ。