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2005-10-23-Sun34日目

アフリカネーションズカップの日程が発表された。

今回の会場は、アーメド・ミド・ホッサム選手で有名なエジプト。

毎度のことながら1月から2月という非常に大変な時期にやってくれる。

欧州の、特にフランスやドイツのクラブは大変である。

一番大変なのはアフリカ人のGKが守るクラブである。

アヤックス、リール、エスパニョールが挙げられる。

特にリールというのはチャンピオンズリーグもあるわけだ。

セネガル代表のトニー・シルバであるが、元ASモナコ。

モナコが躍進したシーズンは控えに甘んじていたけど。

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アフリカ人選手の特徴は、多くは青田買いということ。

10代から欧州に行って、ユースシステムで育ち、

若い内から、ユース年代の代表から始まってA代表まで昇格し

クラブでも気づいた頃には活躍をしている。

一番の典型例はジョージ・ウェア、この手法でない方が珍しいラバー・マジェールくらいか。

特にウェアは素晴らしいFWだった。90年代を代表する名FW。

ASモナコのユースシステムで育ち、オランピック・マルセイユでビッグイヤー。

そしてACミランでバロンドールを受賞。未だにアフリカ人選手の受賞は彼のみ。

リベリア代表として、W杯に出ることはなかったわけだが。

そして現在、リベリア大統領選挙で頑張っていると。

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そろそろ構想も練り上がってきた。

ボルシア・メンヒェングラットバッハ?


第17回大会は初めてアジアで開催された。これはジョアン・アベランジェの考える欧州、米国大陸以外にもW杯をという考えの実現でもあった。

この大会でも前回大会に引き続きチケット問題が発生。FIFAはチケットの販売に関してバイロム社に一元管理したものの、チケット全てに名前の登録を行うという手間のかかることをして、挙げ句手元に届かないという販売能力の無さも手伝い、序盤は空席の目立つ大会となった。

加えて、この大会を前にドイツの大手メディアグループであり、W杯の放送権を有していたキルヒが破綻するというニュースも加わりW杯は運営の序盤から転倒している状態だった。

大会は開幕戦で前回王者で、欧州選手権も連覇し本命と目されたフランスがセネガルに敗れるという波乱から幕を開けた。ロベール・ピレスを故障で欠き、ディディエ・デシャン、ローラン・ブランが引退した、大会直前にはジネディーヌ・ジダンも故障する状態だった。3つのリーグの得点王を有し、攻撃力が向上したことにより優勝候補に挙げられていたものの、老朽化したディフェンスラインはセネガル、エル・ハジ・ディウフを筆頭とするの速攻に切り裂かれ、第2戦ウルグアイ戦ではティエリ・アンリが退場となるアクシデント。プティのフリーキックはゴールマウスに嫌われ、ヴァンサン・カンデラのループシュートをファビアン・カリーニが紙一重で防ぎ、引き分け。最終節、デンマーク戦ではジネディーヌ・ジダンが復帰するも輝きはなく、前線でアンリの代役に起用したクリストフ・デュガリーが機能せず、結局フランスは1点も取ることができず敗退した。

大会に旋風を巻き起こしたのはセネガルである。代表メンバーが全員フランスリーグに所属しており、第2のフランス代表とまで言われたチームはブルーノ・メツ監督の下、組織的な戦術を体現。素早いカウンターからの攻撃を得意とし、第2戦デンマーク戦でも美しいカウンターのゴールを決めて引き分け、第3戦、ウルグアイのリカルド・モラレスが大事なヘディングシュートを外したことで辛うじて引き分け、グループリーグ突破を決めた。しかし、決定機を生かすことができないことが増え、2試合連続で延長となったトルコ戦で敗れ、アフリカ勢初の4強入りはならなかった。

南米の雄、予選を圧倒的な力で勝ち上がったアルゼンチンは優勝候補の対抗とされていた。マルセロ・ビエルサ監督の下で培われた3-4-3の布陣で初戦、ナイジェリア戦をガブリエル・バティストゥータのゴール勝利したものの、個人プレーが多いちぐはぐのサッカーを露呈。続くイングランドとの因縁の対決はデビッド・ベッカムのPKにより敗戦、続く勝たなければ敗退となるスウェーデン戦ではアンデシュ・スベンソンの素晴らしいFKで失点、後半にアリエル・オルテガのPKが弾かれたのをエルナン・クレスポが詰めて追いつくのがやっとで、グループリーグで敗退した。

トルコは欧州選手権でベスト8に入り、加えて国内リーグのチームが続々と欧州の舞台に台頭する国内での機運、加えてドイツ出身の選手を多く起用したセノール・ギュネス監督の下、48年ぶりの出場となった。第1節ブラジル戦ではハサン・サスのゴールで先制しながらも、リバウドの逆転PKによって破れたが互角の内容を見せ衝撃を与え、続くコスタリカ、中国と勝利したことで決勝トーナメント進出、トーナメントに入っても日本、セネガル相手に非常に研究し尽くした戦術で勝ち上がった。

久々のW杯出場となったポルトガルは直前の合宿をマカオで行い、コンディション調整不足に悩まされた。初戦のアメリカ戦では速攻を前にディフェンスラインは混乱、ジョルジュ・コスタのオウンゴールを皮切りに3失点、2点を返すものの敗戦、続くポーランド戦からジョアン・ピントとマヌエル・ルイコスタを一緒にオーダーを出さず、安定したチームへと立て直し、ポーランド戦ではペドロ・パウレタのハットトリックに加え、ルイ・コスタが決めて意地を見せると、最終節の韓国戦では途中出場、ヌーノ・ゴメスのゴールで勝利を収め、得失点差による裁定で1位通過を果たした。

決勝トーナメントではイタリアが相手となった、イタリアはアレッサンドロ・デルピエロかフランチェスコ・トッティかという論争の中で監督のジョバンニ・トラパットーニはトッティを選択、しかし攻撃が機能せず、守備もクロアチア戦以降崩れて破れる中、メキシコ戦で敗戦から救ったのはデルピエロ。彼の殊勝なゴールで救われ2位進出していた。が試合はアレッサンドロ・ネスタの負傷、ファビオ・カンナバーロの出場停止で弱体化したセンターバックを前に、ポルトガルは終始ボールを持って攻めこまれ、延長後半、イタリアにとって受難のPK戦となる直前にルイス・フィーゴのコーナーキックの混戦からフェルナンド・コウトがゴールを決め勝利した。

これによりポルトガルとスペインによるイベリアダービーがW杯で初めて行われた、スペインはアイルランド戦で、アイルランドの粘りの前にPK戦に持ち込まれやっとのことで勝利、加えてチームの攻撃の核であるラウル・ゴンサレスを欠いた試合の中で、後半から途中出場したフェルナンド・モリエンテスのポストプレーからルイス・エンリケがゴールを決めると、スペインはフェルナンド・イエロを中心に守りを固め、最後のルイ・コスタの強烈なシュートもGKイケル・カシージャスがファインセーブで薄氷の勝利を得た。

準決勝の相手となったのは、前回大会の予選で涙を飲んだ相手である。ドイツであった。予選ではミュンヒェンでイングランドに1-5の大敗で、ウクライナとのプレーオフに辛勝して出場したため、2002年のチャンピオンズリーグ決勝に進出したバイヤー04レヴァークーゼンの選手を中心に組んだチームの前評判は非常に悪かった。しかし、開幕戦でミロスラフ・クローゼのハットトリック等による8-0の勝利、第2戦アイルランド戦ではロビー・キーンの執念のゴールにより引き分けにされ、決勝トーナメント出場がかかったカメルーン戦では合計14人の警告、2人の退場者を出したが勝利し、決勝トーナメントに勝ち進む。パラグアイ、アメリカと組み合わせにも恵まれ勝ち進み、準決勝ではミヒャエル・バラックが右サイド、ベルント・シュナイダーのクロスから頭で決め勝利した。しかし、バラックは累積警告により決勝に出場できないこととなった。

決勝は3大会連続進出のブラジルと、ドイツによる初の対決となった。

ブラジルは予選で非常に苦しみ、予選途中で監督をルイス・フェリペ・スコラーリを据え、フェリペはチームに強い規律を求め、予選得点王であるロマーリオの出場を一徹して認めなかった。チームの主軸となったのはリバウド、ロナウド、ロナウジーニョの「トリプルR」と世界最高峰のサイドバックであるカフー、ロベルト・カルロスの攻撃参加を主眼とした3バックのシステムを採用。従前のセレソンのスタイルを放棄したため、国内からは非常に嫌われた。

しかし、チームは楽な組み合わせであるグループリーグを勝ち進むと決勝トーナメントではベルギーに苦しめられ、誤審により得点が消されたラッキーもあったが、デニウソンをジョーカーに使った攻撃で勝利、イングランド戦から起用したクレベルソンがボランチとして機能するとチームは完成に近づき、イングランド戦では前半終了間際の数少ないチャンスをリバウドが素晴らしいゴールで決めると、後半にロナウジーニョ驚愕のフリーキックにより逆転勝利し、二度目の組み合わせとなったトルコ戦では、強さを見せつけ、ロナウドのゴールで勝利した。

決勝は、核のないドイツが当初はチャンスを掴むが、徐々にブラジルペースとなり、後半にリバウドの強烈なシュートをオリヴァー・カーンがはじき、こぼれ球をロナウドが押し込み先制。ロナウドの2得点により、ブラジルが5度目のジュール・リメ杯の栄冠を得た

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長いコメントはここに送れば読むと思うよ。