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2005-10-16-Sun27日目

ケニー・カニンガム、ロイ・キーンが代表引退を発表した。

アイルランドは加えてマット・ホランドの引退とのウワサもある。

アイルランドは残念な敗退をしてしまった。

ダブリンでの決戦。スイスとの戦いはスコアレスドロー。

アイルランド、スイス共に不本意な結果に終わってしまった。

アレクサンドル・フレイのシュートをシェイ・ギブンが1対1で止めたけど。

アイルランドは2004年の欧州選手権も予選落ち。

2002年のW杯はポルトガルに続いて2位。

オランダを蹴落としての2位である。

プレーオフに回ると、イランに競り勝って進出。

本戦前にロイ・キーンが代表辞退。

しかし、ドイツ戦で奇跡的な同点。

スペイン戦でも最後に追いつき、延長、PKまで持ち込んだ。

でも、欧州は厳しく、今回は敗退。

ロイ・キーン最後の大会と思われていただけに余計、残念。

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ウソつきな俺

というか、文句などない。

試作中

第17回大会は初めてアジアで開催された。これはジョアン・アベランジェの考える欧州、米国大陸以外にもW杯をという考えの実現でもあった。

この大会でも前回大会に引き続きチケット問題が発生。FIFAはチケットの販売に関してバイロム社に一元管理したものの、チケット全てに名前の登録を行うという手間のかかることをして、挙げ句手元に届かないという販売能力の無さも手伝い、序盤は空席の目立つ大会となった。

加えて、この大会を前にドイツの大手メディアグループであり、W杯の放送権を有していたキルヒが破綻するというニュースも加わりW杯は運営の序盤から転倒している状態だった。

大会は開幕戦でフランスがセネガルに敗れるという波乱から幕を開けた。ロベール・ピレス、ジネディーヌ・ジダンを故障で欠き、ディディエ・デシャン、ローラン・ブランが引退したものの、3つのリーグの得点王を有し、攻撃力が向上したチームは優勝候補に挙げられていたものの、老朽化したディフェンスラインはセネガルの速攻に切り裂かれ、第2戦ウルグアイ戦ではティエリ・アンリが退場となるアクシデント。ジネディーヌ・ジダンが復帰するも輝きはなく、結局フランスは1点も取ることができず敗退した。

大会に旋風を巻き起こしたのはセネガルである。代表メンバーが全員フランスリーグに所属おり、第2のフランス代表とまで言われたチームはブルーノ・メツ監督の下、組織的な戦術を体現。素早いカウンターからの攻撃を得意とし、第2戦デンマーク戦でも美しいカウンターのゴールを決めて引き分け、第3戦、ウルグアイのリカルド・モラレスが大事なヘディングシュートを外したことで辛うじて引き分け、グループリーグ突破を決めた。

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長いコメントはここに送れば読むと思うよ。